シーホースとナッツ

初めての子育てに奮闘中。新米パパ目線で、思ったことなどを書いていきます。

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先日の反省と、これからのこと

もはや恒例となった、きなこ→ヨメ→自分と
回ってきた風邪を発症した金曜日の夜のこと。
いつものようにタイムリミットギリギリまで
仕事が終わらなかったので、コンビニで買った
パンとおにぎりを駅に着くまでの間に食べ、
乗り換えの電車に間に合うように
文字通りホームからホームまでダッシュをし、
家に着いたらすぐきなこをお風呂に入れ、
帰りが遅くなるのに比例して激しくなる
きなこの「私と遊べ欲求」に応えるべく
寝る時間直前までヒコーキ遊びをしたり
おんぶしたまま部屋中を走りまわったりして、
ようやく寝かしつけに入るやリビングに戻り
部屋中に散らかったおもちゃを片付けながら、
「やばい!このままだと明日も明後日も確実に
何もいいことないし、気持ちがやばい!」と、
どうにかして今の状況をポジティブにとらえて
ふさぎ気味の自分への励みにせねば!と感じ
その結果飛び出したツイートがこちら。


そんなやけくそ気味な意図があったとはいえ、
このツイートを見るであろう「日々育児の
つらさに苦しむ・苦しんだ方々」への配慮が
まったく欠けていたことは間違いありません。
しかも、過去に自分自身で何度も
パパがママより楽な理由…?
「いいとこ取り育児」を担う身として
こんなことを書いておきながら、
気楽な男親としての己の立場も考えず
あまりにも呑気な発言をしてしまったことは
本当に反省の限りです。

翌朝、ヨメともこの件をしっかり話し合って
改めていろいろなことが整理できましたので、
今回自分への戒めの意味も込めて
「育児に当たる上での男女の立場の差」
についてまとめてみたいと思います。

<1>選択の余地の有無
現状の日本において、育児というのは
男は「やりたい」と思って参加するもので、
女は「やるのが当たり前」とされるものです。
仮に男性個人が「自分もやるのが当たり前」と
小さな頃から思って生きてきたとしても、
社会的にみればまだまだ男性にとって育児は
自ら選択して取り組むことができるもので、
女性に比べれば遥かに自由が効く立場です。
そのくらいのスタンスで取り組めるならば、
自ずとポジティブなものにもできるはずです。

それに対して、選択の余地もなく社会全体から
「やって当たり前」とされている女性にとって
みれば、言わば自由を奪われた状態で、
しかも多くの場合子どもの成長に関わる責任を
一手に背負わされ、自分の子どもが何か問題を
起こしたり、育児することから逃げ出したり、
子どもを持ちたくないなどと言おうものなら
世間からかさにかかって責められる状況。
その重圧の中で、楽しむなんていう余裕など
持てるべくもなく取り組むことになるわけで、
それをポジティブにとらえろという方が
無茶な話だろうと思います。

<2>合格点の差
「やって当たり前」とされているということは
それだけ求められる水準も高くなるはずで、
女性にとっての育児の「合格点」は多くの場合
男性の考えるそれよりも、遥かに高い所に
設定されてしまっていると思われます。
対して男性にとってみれば育児は
未だに「イクメン、かっこいい」なんてことを
その辺でやっているレベルですので、
ちょっと取り組めばすぐ合格点に到達します。
おのずと、それより更にやった分というのは
全てが「積み増し」になりますので、
本人にとっても社会から見ても、評価として
加点されていくことになるわけです。
いくらやってもマイナスからしか評価されない
女性の育児とは、比較にならない扱いです。

<3>受け継がれる内圧
これはヨメから聞いた話なのですが、
そんな社会からの圧力・評価もさることながら
女性が「自分の中での子育ての基準」を
設ける上で、何よりもまず指標にするのが
「自分の母親」なのではないか、という点。
最も身近で見にしてきた母親の育児のやり方が
その人にとっての基準になり、
また母親の持っていた「理想の母親像」が
自身の認識に影響を与える、という傾向は
確かにあるだろうなと思います。

つまり上の世代が家事も育児も全て背負わされ
マイナスの評価しか与えられない中にあっても
なお高い理想を設定し、それをクリアしてきた
母親のもとで育った人ほど、同じように
高い基準点を設けざるを得なくなり、
内面的にも責める気持ちが強くなってしまう。
翻って、そのような外圧・内圧の一切ない
とにかくフリーの状況で育児をしているのが、
今の男性の姿というわけです。

<4>担当業務の違い(我が家の場合)
これは全ての家庭に当てはまることでは
ないかもしれませんが、少なくとも我が家では
普段の生活をヨメが主に見ていますので、
どうしても平凡で単調な業務も多いし
また生活習慣を教えるなど、
叱る必要のある場面も多くなります。
対して、自然とイベントごとの増える
週末を中心に接している僕の場合は、
単純に時間の比較だけでは測れない
「子ども自身のテンションの差」を
プラスで享受していることになります。
加えて、きなこから見ての我々の扱いにも
・ヨメ←安心を求める
・僕←遊び相手
という明確な使い分けがあるようで、
つまり総合すると僕が接しているきなこは
「概ね機嫌がいい」ということになります。
それだけこちらが受け取る好意の量も増え、
嫌な面を見ずに済んでいるということです。


以上、これで全ての要素を書き出せているとは
とても思いませんが、ざっと考えただけでも
これだけの差が母親の育児・父親の育児の間に
存在しているということになるかと思います。
そんな中冒頭の発言は、その男女の立場の差を
一切無視した言わば「お花畑発言」ですし、
結果として育児に苦しんできた・今も苦しむ
多くの人を傷つけることになってしまった事は
申し訳ない気持ちでいっぱいです。

でも、ここまで反省の弁を述べておきながら、
なお発言の中で触れていることそのものを
否定する気にはなれずにいます。
育児が誰にとってもただ辛いだけのものならば
もう人類は早く滅んだ方がいいレベルですし、
当然よい面もあるからこそ、これまで何とか
存続できてきたのだろうと思うからです。
ただ、直後のツイートでも触れているように


今の日本において、育児の負担があまりにも
女性に偏ってきた現状、偏っている現状が
最大の問題なのであろうと思われるのです。
パートナーの男性なり、他の家族なり地域なり
社会なりが、そこの育児にかかる責任と業務を
適切に母親から引き剥がすことができて、
誰にとっても過剰な負担になることなく
「辛いけど頑張れる」くらいにまで出来れば、
自然と子どもを育てることの良い面ももう少し
見えてくるのではないかと期待しています。

既に十分すぎるほど辛い経験をしてきた・
している人の心を癒やすことは
今からでは難しいかもしれないけれど、
少なくともこれから先の世代に
「育児も案外悪いもんじゃないね」くらいには
思ってもらえるようになれば…と思います。
その為にもまず、我々男性がいま持っている
「自由が効く立場」を最大限に活用して、
女性が感じる育児のしんどさの引き受けと、
重すぎる責任の共有に取り組んでいくことが
大切なのではないかと考えています。


小学生の頃に妹の育児に参加したことで、
育児をすることは当然と思って生きてきたし
いつかそうすることを楽しみにしてきました。
大きくなって、あまりに育児というものが
ネガティブにとらえられている現状を知って
残念にも思ったし、どうにかして皆がもっと
子どもを育てることに前向きになれないか、
ぼんやりとではありつつ強い願いを持って
こうして実践もしてきたし、このブログ含め
色々な所で意見の発信もしてきたつもりです。

本当なら男も女も関係なく、どちらも同じ
「子育てという高い壁に挑戦する同士」として
励まし合ってやっていきたいと思っていた
けれど、現実にはこの国の多くの人の考え方も
社会に流れる空気にも「男が育児すること」と
「女が育児すること」には大きな違いがあり、
決して同じようにはできないのだということが
だんだんとわかってきました。

正直、こんな社会しか残してくれなかった
上の世代を恨めしくも思うし、こんな考え方の
蔓延するこの国がとても嫌だと思っています。
でも、もうすぐいなくなるその人達のことを
いくら責めても社会が変わるわけでもないし、
親である以上は次の世代のことを考えて
今できる精一杯のことをするしかないのだと、
何とか気持ちを立て直して前向きになるべく
いろいろな可能性を探っている最中です。

こうやって発信すること自体も、男である以上
ぬるま湯の中から喚いていることは事実ですし
そのことはきちんと自覚したいと思います。
その上でなお、自分の発言が誰かを傷つけて
いないか、前向きになろうなろうとすることが
却って誰かのプレッシャーになっていないか、
今まで以上に気を配っていきたいと思います。

ただ今回、改めて今の自分の余裕のなさに
この失言を通して気づくことになりました。
ツイッターやブログで何かを発信することで
たくさんの方から頂けるリアクションが、
つらい日々の中で生きる活力になっていたのも
事実ではありますが、少し足元を見直して、
もう少し余裕を持ってものを考えられるよう
その距離を図っていければと思っています。

まずは明日から受付が始まる確定申告と、
(初の青色申告に軽くパニック中)
4月に迫ったきなこの入園準備と、
目下つわりと格闘中のヨメのサポートを、
再優先に考えて取り組んでいきます。
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| 思うこと | 22:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「こしょこしょゲーム」と「目をつぶるゲーム」

来週にはきなこの3歳児健診があるのですが、
今回は事前に家庭で視力と聴力の検査をして
持っていくことになっていたので、
それを今日やりました。

普通にやったって拒否されるに決まってるので
「ゲームやろう!」と誘って、
僕らで手本を見せながら楽しく演出しました。
結果はどちらも問題なく答えられたのですが、
この検査のまあ何とモヤモヤすることか。

まず、1つの封筒に入って送られてきた
この2つの検査、名前からして
・三歳児の視力検査のお知らせ/アンケート
・3歳児聴覚検診のお知らせ/アンケート
とバラバラ。回答用紙冒頭の記入欄も、
「視力」の方が
・お子さんの氏名
・保護者の氏名
・住所
・電話番号
・生年月日
・検査をした日
なのに対して「聴覚」の方は
・住所
・保護者氏名
・幼児氏名
・性別
・検診日
・生年月日
と、当然同時に書くことが想定されるのに
嫌がらせのように順番も項目もちぐはぐ。

検査方法も、視力は片目を隠すためのお面
(という名の紙っぺら一枚)
が入っていて、これに輪ゴムを付けて
顔にはめろというのですが、こんなもの
当然子どもは警戒するわけで、実際も
付けさせようとしたら全力で拒否されて
一旦ブレイクが必要な事態になりました。
こんなの、もう一人の親がそばについて
片目を隠すフリをしてあげるだけで
本人だって上手にマネして済む話だったのに。
つまりは添えられた用紙の挿絵にある通り、
母親が1人で検査する前提なのでしょうか。
(ちなみに全イラストが「母と子」のみ。)

聴力の方も、「顔の横で指をこすり合わせる」
とか、「1m離れてささやき声で尋ねる」とか
「そんなの出題する側のさじ加減じゃんか!」
というような検査方法で、
そこはそんなにざっくりなくせに、注意事項は
「なるべく外を自動車などが通っていない時を
見計らい、テレビやラジオを消してお部屋を
静かにしてから検査して」とやたら細かい。
結局「ささやき声」とされるであろう範疇の
最大のボリュームで出題してしまいましたが、
本当にこれでいいのか疑問が残ります。

重箱の隅をつつくようなことを言っているかも
しれませんが、要するにここから感じるのは
「なんか雑…」という印象しかないのです。
もう一つ入っていた「3歳児健康診査問診票」
の質問文の日本語としてのあいまいさとか、
(ちなみにこちらの冒頭の回答欄も
・住所
・電話
・お子さんのお名前・生年月日
・お母さんのお名前
・お父さんのお名前
でさっきとまた違う)
ちょっと配慮したら直せるだろうという部分が
恐らく全く見直されずに、何年も使い回されて
きている感じがひしひしと伝わってきて、
とにかく雑に扱われている感じがすごいです。

そもそもこういう検査を家庭でやらせる辺りも
お金を掛けたくないのか掛けられないのか
何となく投げやりな感じがするし、
健診を実施する保険相談所の保健師さんも
専門家じゃないばかりか掛け持ち&掛け持ちで
激務過ぎて1人1人のことなんてちゃんと見て
いられないだろうなという雰囲気を感じるし、
まあとにかく何となく全体的に
「子どものことが軽んじられているのかな」
という印象を受けてしまうのです。

そんなのは思い過ごしで、本当はみんな
子どもを心から大事に思っていて、一生懸命に
取り組んでくれているのかもしれませんが、
むしろそうであってほしい、僕らの勘違いで
あってほしいと願うくらい、毎度健診の度に
思わされていることだったりします。

健診当日は例によって平日なので
ヨメに任せることになってしまいますが、
なるべくスムーズに、楽に行って帰ってきて
くれることを祈ります。

ちなみに例の2つの検査。
きなこは全問正解したことに味をしめたのか、
お風呂の後には出題者と回答者を入れ替えつつ
「こしょこしょゲームと目をつぶるゲーム」を
何度も何度も心ゆくまで楽しみました。

| 日記 | 23:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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プリキュアシャンプーの奇跡

昨日の自己陶酔気味な日記には
ヨメにも少々呆れられましたが、
それもそのはず本人は既につわりで
苦しんでいるわけで、将来への不安どころか
まさに「今ここにある問題」なわけです。
まず直近で考えなければいけないのは、
そんな状態のヨメのサポートです。

さて、昨日の検診の帰り
たまたま立ち寄ったドラッグストアで、
きなこの目にあるものが止まりました。
それが表題の「プリキュアシャンプー」。
それを突然「これ買おう!」と
言い出したのです。

シャンプーといえば、9月の事件以来
きなこにとっての鬼門です。
あれ以来髪の毛はお湯でサッと流すのみ、
シャンプーはずっと使えずにいました。
それを自分から買えというのならば、と
「じゃあ今日シャンプーやってみる?
 怖くない?大丈夫?」と念入りに確認し、
本人の了承を得て購入したのです。

そしてその夜、およそ5ヶ月ぶりに
ついにプリキュアの力を借りて
シャンプーで髪を洗うことに成功しました。
終始ビクビクしながらだったし、
最後に頭からお湯をかけた時は
やっぱり恐怖が勝ってしまったのか
ちょっぴり泣いてしまいましたが、
本人も成功を大喜びしてくれて
いい匂いになった頭を僕らに嗅げと
何度もおねだりされました。

明けて今日。
お風呂に向かうきなこの口から出たのは
「シャンプー持ってかないよ!」
結局洗面所には、使い途のなくなった
(ハピネスチャージ)プリキュアの300mlの
シャンプーボトルだけが残ったのでした…

| 日記 | 23:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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